大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)2422号 判決

原告 株式会社 ダイケイ

右代表者代表取締役 油谷勁二

原告 有限会社 味の万世

右代表者代表取締役 笹原廣志

原告 株式会社 オーエルサンド

右代表者代表取締役 笹原正人

原告ら訴訟代理人弁護士 岡豪敏

右同 丸橋茂

右両名補佐人弁理士 藤本昇

原告株式会社ダイケイ訴訟代理人弁護士 小松陽一郎

被告 中国パール販売株式会社

右代表者代表取締役 三宅輝義

被告訴訟代理人弁護士 谷正之

右同 塚田斌

右両名補佐人弁理士 竹内三郎

右同 富田幸春

被告訴訟代理人弁護士 中島茂

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、それぞれ金一四八万四四〇八円及びこれに対する平成元年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項同旨。

2  被告は、別紙一「イ号物件目録」記載の物件を製造、販売し、または販売のために展示してはならない。

3  被告は、その本店、営業所及び工場に存する前項の物件を廃棄せよ。

4  主文第三項同旨。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの権利

(一) 原告らは、次の実用新案権(以下、「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を共有している。

考案の名称 包装兼備の海苔巻握飯製造具

出願日 昭和五三年一一月二〇日(実願昭五三―一五九九〇七)

出願公告日 昭和五七年三月一日(実公昭五七―一〇五四二)

登録日 昭和五七年一〇月二八日

登録番号 第一四五七六一八号

(二) 本件考案の実用新案登録出願の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲(以下、「クレーム」ともいう。)の記載は、次のとおりである(以下の本件考案についての番号は、本件明細書記載のものを指す。但し、「袋部2」となっている箇所は「袋部4」の誤記である)。

「先端に切除部3を具備すると共に、袋部4に三角形状の蓋部2、2'を形成した軟質性の合成樹脂材から成る逆円すい形状の袋本体1と前記袋本体1と同素材を用いた同形の中袋5とを設け、この中袋5の外周面に海苔6を巻装して袋本体1の袋部2に挿入し、かつ中袋5を袋本体1の切除部3から引き抜けるようにしたことを特徴とする包装兼備の海苔巻握飯製造具」

2  本件考案の構成要件と作用効果

本件考案の構成要件及び作用効果は、次のとおりである。

(一) 構成要件

(1) 先端に切除部3を具備すると共に、袋部4に三角形状の蓋部2、2'を形成した軟質性の合成樹脂材から成る逆円すい形状の袋本体1と、

(2) 前記袋本体1と同素材を用いた同形の中袋5とを設け、

(3) この中袋5の外周面に海苔6を巻装して袋本体1の袋部4に挿入し、かつ中袋5を袋本体1の切除部3から引き抜けるようにした包装兼備の海苔巻握飯製造具。

(二) 作用効果

(1) 飲食時に袋本体の切除部から中袋を引き抜くことによって、シールしたままで飯に新鮮で乾燥した海苔が自動的に巻かれて、食べたい時にいつでも握りたての海苔巻おにぎりが製造できる。

(2) 何らのおにぎり用具を使用することなく、簡単におにぎりを製造することができるとともに、いつでも新鮮で香りの良い海苔巻おにぎりができ、しかも包装を兼備しているので、製造工程が簡単かつ衛生的で、経済、衛生の両面において実用性に富む。

3  被告の製造、販売行為

被告は、遅くとも昭和六〇年三月一四日から、別紙一「イ号物件目録」(以下「別紙一」という。)記載の物件(以下、「イ号物件」という。)を、業として製造、販売している。

4  イ号物件の技術的構成と作用効果

イ号物件の技術的構成及び作用効果は、次のとおりである(以下のイ号物件についての符号は、別紙一記載のものを指す。)。

(一) 技術的構成

(1) 先端に切除部3aを具備すると共に、袋部4aに台形の蓋部2aを形成した軟質性の合成樹脂(合成樹脂材である無延伸ポリプロピレン―CPP―を内側に、合成樹脂材である二軸延伸ポリプロピレン―OPP―を外側にラミネートしたフイルム)からなる逆円すい形状の袋本体1aと、

(2) 前記袋本体1aと同素材(合成樹脂材である中低圧ポリエチレンのフイルム)を用いた同形の内袋5aと、

(3) この内袋5aの外周面に海苔6aを巻装して袋本体1aの袋部4aに挿入し、かつ内袋5aを袋本体1aの切除部3aから引き抜けるようにした包装兼備の海苔巻握飯製造具。

(二) 作用効果

イ号物件は、右(一)記載の技術的構成を有することによって、前記2(二)記載と同様の作用効果を奏する

5  イ号物件と本件考案の対比

イ号物件は、本件考案の技術的範囲に属する。すなわち、

(一) イ号物件の技術的構成(1)は、本件考案の構成要件(1)を充足する。

(1) 袋本体(外袋)の形状―逆円すい形状―について

(イ) 本件考案の構成要件(1)にいう「逆円すい形状」の袋本体とは、飯ないしおにぎり(以下、単に「おにぎり」又は「被収納物」という。)を収納した状態で逆円すい形状となりうる袋本体のことである。おにぎりを収納しない状態で正面視した場合の形状が逆円すい形状となっているものをいっているのではない。このことは、別添本件考案の実用新案公報(以下、「本件公報」という。)によって本件考案の実施例をみると、そこには、おにぎりを収納した状態では逆円すい形状といえるが、これを収納しない状態で正面視すれば、偏形五角形というべき袋本体が図示されていることからも明らかである。

しかるところ、イ号物件の袋本体が、おにぎりを収納した状態で逆円すい形状になりうるものであることは、その袋部が略三角形のものであることから明らかであるし、これをおにぎりを収納しない状態で正面視した場合に、その形状を偏形六角形とみるべきであるとしても、それは、右本件考案の実施例として図示されている偏形五角形の袋本体と実質的に何ら異なるところがない。

したがって、イ号物件の袋本体は、右構成要件(1)にいう「逆円すい形状」の袋本体に該当する。

(ロ) 仮に、本件考案のクレームを文言どおりに解釈した場合に、イ号物件の袋本体の形状が、そこにいう「逆円すい形状」にあたらないことになるとしても、イ号物件の袋本体が略三角形に近い偏形六角形のもので、おにぎりを収納した状態では逆円すい形状となりうるものであること、逆円すい形状の袋は本件考案の出願前公知でかつ本件考案の逆円すい形状の袋本体と略三角形に近い偏形六角形のイ号物件の袋本体との間に格別な作用効果の相違があるとも考えられないこと、本件考案の本質にかかる構成は構成要件(3)であって(このことは、以下においてはいちいち繰り返さないが、均等をいう場合には全て共通である。)、袋本体の形状は本件考案の本質にかかわるものではないこと、以上のような点を考慮すれば、イ号物件の袋本体の形状を右のような偏形六角形にしたことは、単なる設計変更であり、本件考案の「逆円すい形状」とは均等というべきである。

(2) 蓋部の形状―三角形状―について

(イ) 本件考案の構成要件(1)にいう「三角形状」とは、厳密な意味での「三角形」に限られるものではない。このことは、文言上、「三角形」ではなく「三角形状」とされていることからもいえるが、本件考案の技術的課題からすれば、蓋部の形状を厳密な意味での三角形に限るべき理由は何ら存しないことからも明らかである。ここにいう「三角形状」には、三角形の先端部を切断した台形等全体的にみて三角形に属するものは、全て含まれるというべきである。

(ロ) 仮に、右構成要件を文言どおりに解釈し、イ号物件の蓋部は台形であり、右にいう「三角形状」にはあたらないというべきであるとしても、三角形も台形もありふれた形状であって、この種、合成樹脂製の包装袋の分野において、袋体に蓋部を設けること及び蓋部の形状を三角形にしたり台形にしたりすることは、周知、慣用の技術であること、本件考案においては、蓋部が三角形であるか台形であるかによって、格別な作用効果の相違が生じるものではないこと、前にも述べたが、本件考案の本質は、包装状態では海苔とおにぎりを分離包装でき、食べるときにおにぎりの周囲に海苔を自動的に巻けるようにするという技術的課題を解決するために、袋本体(外装)と中袋(内装)を設け、中袋と袋本体の間に海苔を巻装せしめ中袋を袋本体の先端の切除部から引き抜けるようにしたことにあり、蓋部の形状を三角形にすることは、本件考案の本質にかかわるものではないこと、そして、本件考案の出願人が台形の蓋部を意識的に除外したとも考えられないこと、以上のような点を考慮すると、イ号物件の蓋部の形状を台形にしたことは、単なる設計変更にすぎず、本件考案の「三角形状」とは、均等というべきである。

(ハ) ちなみに、蓋部の形状を三角形にするか台形にするかによって、格別、作用効果の相違を生じないことを、いま少し詳しく説明しておくと、次のとおりである。

(a) いうまでもなく、本件考案の蓋部は、袋部の開口上面を密閉し、これによって湿気の侵入防止を図るものである。そして、蓋部が右開口上面を十分に密閉できるかどうかは、袋本体に収納された被収納物(おにぎり)の容量による。袋本体に収納された被収納物(おにぎり)の容量が袋本体の大きさとの相対関係において大きすぎれば、十分密閉できないことになるが、その容量が袋本体の大きさとバランスの取れたものである限り、「三角形状」の蓋部によって右開口上面を密閉することは、もちろん可能である。このことは、本件公報の第2図をみれば明らかである。

(b) 同様のことは、台形の蓋部をもつイ号物件についてもいえる。すなわち、イ号物件を使用する場合でも、別紙図面一「原告説明図」の第1図ないし第3図に示すように、おにぎりの肉厚の方が蓋部の巾(高さ)より大きいときには、そのままおにぎりを収納しても袋部の開口上面を密閉することができないうえ、蓋部を袋部の背面側に折り返すことすらできない。そこで、イ号物件の場合、実際には、同第5、6図に示すように袋本体内におにぎりを収納した状態で袋部上端縁との間に残余部を残すような袋部より小形のおにぎりを収納し、この部分を蓋部とともに折り返して袋部の開口上面を密閉しているのである(なお、蓋部が三角形の場合の参考図としては同第9図参照)。右のように、三角形であっても台形であっても蓋部の作用効果に相違はない。

(3) 蓋部の枚数について

本件考案のクレームには「蓋部2、2'を形成し」との記載があるが、一般に請求の範囲に詳細な説明欄の図面に使用した符号を表示することはクレームの用語を明らかにするために慣行されていることであり、これによって請求の範囲を図面記載のものに限定する趣旨のものではない。右符号の表示はあくまでもクレームの理解を容易にするための記載であって、これによって「二枚の蓋部を形成し」と限定解釈されるべきものではない。現に、本件公報の第2図には一方の蓋部で開口部が閉じられている状態が図示されているし、本件明細書において「以下、図面に従って本考案の一実施例について説明する。」(本件公報第2欄第30行ないし第31行)と記載されていることからも明らかなように、「二枚の蓋部」の実施例はあくまで一実施例である。前記「蓋部2、2'」との記載があるからといって、本件考案の蓋部が二枚のものに限定されるべき理由はない。

(4) 袋本体(外袋)の素材―軟質性の合成樹脂材―について

(イ) 本件考案の構成要件(1)にいう「軟質性の合成樹脂材」とは、本件考案がその解決目的とした前記技術的課題と作用効果からすると、要するに「被収納物(おにぎり)を収納したときには、被収納物(おにぎり)の形状に沿って、また、被収納物(おにぎり)を押し出し飯食する時には、これに伴って柔軟にその形状を変えうる軟らかさの合成樹脂材」ということである。それは、いわば被収納物(おにぎり)の有無ないし使用状態のいかんにかかわらず、それ自体で常に一定の形を保ついわゆるプラスチック成型物等の保形性のある硬質性の合成樹脂材に対する意味のものである。

(ロ) もちろん、右構成要件(1)において使用されている「軟質性の合成樹脂材」というのも一種の技術用語であるし、技術用語については、学術用語としてその有する普通の意味で使用するのが原則であろうが、本件考案が出願された昭和五三年当時は、まだ、合成樹脂材について「軟質性」、「硬質性」というときの意味、内容は技術用語ないし学術用語として明確に定義づけられていなかった。このことは、昭和五六年に発行された日刊工業新聞社の「図解プラスチック用語辞典」(甲第一三号証)においても「硬質、半硬質及び軟質はプラスチック材料の硬さによる一つの分類用語であるが、概念的な言葉であって、定量的な定義のしにくい用語である。ただ参考として述べると、ASTMD八八三では標準状態における弾性率が七〇〇MPa(七〇Kgf/mm2)以上のものを硬質プラスチック、右弾性率が七〇MPa以下のものを軟質プラスチック、七〇~七〇〇MPaのものを半硬質プラスチックとしている。」と記載されていることからも明らかである。

(ハ) そして、本件考案の出願当時、当業者間では、一般的に、肉厚のないフイルムやシート状のそれ自体変形自在なもの(例えばプラスチックフイルム)は「軟質」の合成樹脂材といわれ、肉厚のある板状体のそれ自体に保形性のあるもの(例えば成型されたプラスチックの容器)は「硬質」の合成樹脂材といわれていた。このことは、被告自身が、昭和五五年五月一九日に行った「おにぎり」に関する実用新案の登録出願(甲第一九号証の一、二)において、「第2~4図に示すように、容器本体4を透明な圧空真空型プラスチック製又はこれに準じた硬質の紙類製等容器自体が容器の形態を保形できるものとし」(別添被告出願公報第3欄第1行ないし第4行参照)として、容器自体の保形性と硬質という概念を同一視する一方、おにぎりの包装に関し、「非透水性軟質プラスチックフイルムでおにぎりを包む」(同欄第14行以下)と述べて軟質という概念を非保形性と同一視していたことからも明らかである。このように、被告自身、少なくとも右実用新案出願当時は「硬質」、「軟質」という概念を保形性の有無で区別していたのであり、このような認識が原告らや被告を含む当業者の知識であった。

(ニ) 更に、本件考案の出願当時、「軟質性」、「硬質性」の概念が明確に確立されていなかったことは、本訴における被告の主張自体からも明らかである。すなわち、被告は、イ号物件に関し、当初、昭和六二年八月一七日付準備書面において、「袋本体は半硬質性の合成樹脂フイルム(内側に無延伸ポリプロピレン―CPP―、外側に二軸延伸ポリプロピレン―OPP―をラミネートした二層フイルム)からなり、内袋は軟質性の合成樹脂フイルム(中低圧ポリエチレン)からなる」旨の主張をしていたが、昭和六三年一〇月一三日付準備書面において、「袋本体が硬質の合成樹脂材であるポリプロピレン、中袋が半硬質の合成樹脂材である低密度ポリエチレンからなる」旨の主張に変更し、更に、同年一二月八日付準備書面添付の「イ号物件の構成について」において、「袋本体は硬質性の合成樹脂材である無延伸ポリプロピレン(CPP)を内側に、硬質性の合成樹脂材である二軸延伸ポリプロピレン(OPP)を外側にラミネートしたフイルムからなり、内袋は半硬質性の合成樹脂材である中低圧ポリエチレンのフイルムからなる」旨の主張に変更した。

このように、被告が被告自身の実施品であるイ号物件の素材について、袋本体が「半硬質性」から「硬質」、「硬質性」に、内袋が「軟質性」から「半硬質」、「半硬質性」に、それぞれ従来の主張を変更したこと自体、合成樹脂材の概念において、「軟質性」、「半硬質性」、「硬質性」なる表現が明確に定義づけされていないことを顕著に示している。もし、これらの用語の定義が本件出願当時から明確であったのであれば、被告自身の製品であるイ号物件の構成に関する被告の主張が、右のように揺れ動くはずがない。その上、被告自身、「軟質性」、「半硬質性」、「硬質性」の区別を主張しながら、それによる作用効果の相違は何ら主張し得ておらず、このことは、被告主張の「軟質性」、「半硬質性」、「硬質性」の区別が現実的ではなく、それらの区別がイ号物件が本件考案の技術的範囲内か否かを判断する資料足りえないことを示している。

(ホ) 以上のことから明らかなように、本件考案の構成要件(1)にいう「軟質性の合成樹脂材」とは、前記(イ)に述べたとおりのものであり、一言でいえばそれ自身としては保形性のない軟らかさのものをいうものである。しかるところ、イ号物件の袋本体がこれに該当するものであることは、それが内側に無延伸ポリプロピレン(CPP)を、外側に二軸延伸ポリプロピレン(OPP)をラミネートした肉厚約四五ミリミクロンの薄い合成樹脂フイルムであること自体から明らかである。

(二) イ号物件の技術的構成(2)は、本件考案の構成要件(2)を充足する。

(1) 中袋(内袋)の形状―袋本体と同形―について

(イ) 本件考案の構成要件(2)において「……袋本体……と……同形の中袋……」というときの「同形」とは、略同一形状ということである。厳密な意味での「同形」ということではない。前記本件考案の本質と作用効果からすれば、切除部を具備する袋本体とこれを具備しない中袋との間に右切除部の有無からくる形状の相違があることは、当然に予定されたことである(もし、袋本体と中袋が全く同じ形で中袋にも袋本体のそれと全く同じ切除部が具備されているとすると袋本体から中袋を引き抜くことが困難になる。)。現に、本件考案の出願人は、本件考案の詳細な説明欄において「5は、袋本体1と同形に型どりした中袋である。なおこの中袋5の先端は袋本体1の先端の如く切除部3は具備していない。」と記載(本件公報第2欄末行から第3欄第3行)して、先端部の切除された袋本体1と先端部の切除されていない中袋5が同形であることを明らかにしている(同公報第1図ないし第3図、特に第2図参照。)。こうした点からすると、右構成要件(2)にいう「同形」が厳密な意味での形状同一を意味するものではなく、略同一の形状を意味するものであることは明らかである。

(ロ) しかるところ、イ号物件の袋本体と中袋が切除部の有無の点を除き袋本体と同一形状のものであることは明らかであるから、イ号物件の中袋は、その袋本体と略同一形状であり、右構成要件にいう「同形」に該当する。

(2) 中袋(内袋)の素材―袋本体と同素材―について

(イ) 本件考案の構成要件(2)において「袋本体と同素材を用いた…中袋」というときの「同素材」とは、「軟質性の合成樹脂材」からなる袋本体と同素材すなわち中袋も「軟質性の合成樹脂材」からなるという意味である。そして、右の「軟質性の合成樹脂材」とは前記(一)(4)で明らかにしたように保形性のある「硬質性の合成樹脂材」に対する概念で、被収納物(おにぎり)の形に沿って柔軟に形を変え得る軟らかさの合成樹脂材であるということである。

(ロ) しかるところ、イ号物件の中袋(内袋)が右のような軟らかさの合成樹脂材からなるものであることは、それが、中低圧ポリエチレンのフイルムで、ポリオレフィン系の合成樹脂材であることから、明らかである。

(三) イ号物件の技術的構成(3)は、本件考案の構成要件(3)を充足する。

(四) 以上のように、イ号物件の技術的構成(1)ないし(3)は、対応する本件考案の構成要件(1)ないし(3)をそれぞれ充足する。仮に、一部文言上、相違する点があるとしても、右相違点は、本件考案の非本質的な構成にかかる相違点であり、かつ当業者であれば容易に設計変更できる事項である。そして、右相違点は、何ら作用効果の相違をもたらすものではない。

よって、イ号物件は、明らかに本件考案の技術的範囲に属する。

6  被告の不法行為と原告の損害

(一) 被告は、本件実用新案権を侵害することを知りながら、または過失により知らないで、昭和六〇年三月一四日から昭和六三年五月三一日までの間に、イ号物件を総計二五五万三二〇〇枚製造、販売した。その間の売上総額は金四四五三万二二四〇円である。

(二) イ号物件においては、本件考案がまさにその商品価値の中核であり、本件考案についてその実施を許諾する場合の実施料率は、少なく見積もっても右販売価格の一〇パーセントを下らない。昭和六〇年三月一四日から昭和六三年五月三一日までの間に販売されたイ号物件に関し本件実用新案権共有者である原告らが支払を受けるべき実施料は金四四五万三二二四円を下らず、原告らは、被告の本件実用新案権侵害行為によって右相当額の損害をこうむった。

7  本訴請求

よって、原告らは、被告に対し、右不法行為に基づく損害賠償請求権により、原告各自につきそれぞれ右実施料相当額の損害金四四五万三二二四円の各三分の一(共有持分)にあたる金一四八万四四〇八円宛及びこれに対する不法行為の後で請求の趣旨を変更した原告らの平成元年四月一二日付準備書面送達の日の翌日である同月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払と、本件実用新案権に基づき、イ号物件の製造、販売等の差止及びイ号物件の廃棄を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(認否)

1 請求原因1(一)、(二)の各事実は認める。

2 同2(一)の事実は認める。同2(二)は否認する。

3 同3の事実のうち、被告が昭和六〇年六月一日から昭和六三年五月三一日までの間別紙一添付のイ号図面(以下、「イ号図面」という。)記載の包装兼備の海苔巻握飯製造具を業として製造、販売していたことは認めるが、その余は否認する。すなわち、イ号物件の構成を正確に記述するために、別紙一の技術的構成の説明を別紙二「イ号物件目録」(以下、「別紙二」という。)記載の技術的構成の説明のとおり訂正すべきである。

なお、被告は昭和六〇年六月一日にイ号物件の販売を開始し、昭和六三年五月三一日をもってイ号物件の製造、販売を打ち切ったものである。

4 同4(一)、(二)のうち、(一)(3)は認めるが、その余は否認する。但し、イ号物件の形状がイ号図面記載のようなものであることは認める。

5 同5は争う。但し、被告がイ号物件の素材に関し原告指摘のような主張をしたことは認めるが、被告が昭和六二年八月一七日付準備書面等において、袋本体は半硬質性の合成樹脂フイルム、内袋は軟質性の合成樹脂フイルムからなると記載したのは明らかな誤記である。前者は硬質、後者は半硬質であるから、被告は平成元年四月一二日付の準備書面において、これを訂正した。また、被告は、本件訴訟において「硬質」と「硬質性」、「半硬質」と「半硬質性」の用語を同義に用いており、原告らにおいても同様であると理解している。

6 同6(一)、(二)の事実のうち、被告が昭和六〇年六月一日から昭和六三年五月三一日までの間にイ号物件(イ号図面記載のもの)を総計二五五万三二〇〇枚製造、販売し、その売上総額が金四四五三万二二四〇円であったことは認めるが、その余は否認する。なお、右期間内における被告のイ号物件販売状況の詳細は、別表一(昭和六〇年六月から昭和六一年三月まで)及び二(同年四月から昭和六三年五月まで)の各「桃太郎おにぎり(のり付)フイルム合計」記載のとおりである。

(被告の主張)

1 イ号物件の技術的構成(1)は、本件考案の構成要件(1)を充足しない。

(一) 袋本体(外袋)の形状

イ号物件の袋本体は、逆台形の袋部とその上方に形成された台形の蓋部からなるもので、その形状は偏形六角形である。本件考案の構成要件(1)にいう逆円すい形状ではない。すなわち、逆円すい形状とは、円形の上面と、この円周が下方の一点に収束して形成される曲面とから構成される形状であって、イ号物件の袋本体はこのような形状のものではない。

原告らは、イ号物件の袋本体の形状は、略三角形に近い偏形六角形であるから、おにぎりを収納した状態では逆円すい形状になりうると主張しているが、イ号物件におにぎりを収納したときの形状は、正確には、断面視四角形で、側面視略三角形であり、決して逆円すい形状ではない。

原告らの主張と異なり、イ号物件の袋本体の形状は、本件考案の袋本体の形状と著しく相違している。両者が均等技術であるとは到底いえない。

(二) 蓋部の形状

(1) イ号物件の蓋部の形状は、明らかに台形であり、「三角形状」ではない。

(2) 原告らは、蓋部の形状は本件考案の本質にかかる構成要件でなく、かつ本件考案のクレームに「三角形」ではなく「三角形状」と記載されていることから、蓋部の形状を厳密な意味の三角形に限るべき理由はないと主張するが、一般に考案の技術的範囲は、実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないものである。しかるところ、右クレームには「三角形状の蓋部」と明記されており、右蓋部の形状が本件考案の必須の構成要件であることには変りがない。したがって、右記載に従い忠実に解釈されるべきである。原告らの主張は、台形と三角形という明確な形状の相違を無視するもので、常識的にも受け入れ難いし、クレームを不当に拡大解釈するものである。

(3) 更に、原告らは均等を主張するが、以下に述べるいずれの点からみても失当である。

(イ) まず、右にも述べたように台形と三角形とでは明らかにその形状を異にする。しかるところ、本件考案のクレームには蓋部の形状が「三角形状」と明記されている。このようにクレームにおいて蓋部の形状を特定したということは、本件考案の考案者が、蓋部の形状を意識的に三角形に限定したことを意味する。すなわち、本件考案の考案者は、本件公報の実施例図からも明らかなように、寿司屋において食される手巻き寿しのような逆円すい形状のおにぎりの製造具を考案し、それ故に三角形以外の形状は逆円すい形状であるおにぎり本体の蓋として適さないと判断したものである(このことは、逆円すい形状のおにぎり本体の蓋部を台形とした場合を想定すれば容易に理解できる。)。そうでなければ、蓋部の形状のような単純かつ公知のことがらについてことさら形状を限定するはずがない(ちなみに、三角形も台形も公知の形状であることについては原告ら自身も認めているところである。)。

そして、このようにクレームにおいて明白な限定が加えられている場合の考案は、その内容に右のような限定が加えられていることを特徴として理解されるべきであるから、右限定部分に関し均等が成り立つ余地はない。

原告らの主張は、既に、この点において失当である。

(ロ) また、仮に、右の点はしばらく措くとしても、蓋部の形状が三角形である場合と台形である場合とでは、その作用効果が著しく異なる。すなわち、蓋部の形状が三角形であるか台形であるかによって、蓋部の面積は著しく異なり、おにぎりをカバーする度合が大きく相違する。これは両側が先細なテーパー状であることには関係なく、蓋部の全体的な形状に伴う本質的な作用効果の違いである。蓋部の形状の相違は作用効果の明確な相違をもたらすといわねばならない。

右の作用効果の違いを、更に、具体的に述べると、次のとおりである。

(a) すなわち、別紙図面二「被告説明図」の第2図にあるように、おにぎりを入れた状態では袋部の上面は長方形に近い形状となる。そして、蓋部は右長方形状の上面の一側辺から折り返されるので、蓋部の形状が三角形の場合には、おにぎりを入れた袋部の開口上面をふさぐことができず、同第1図及び第2図にあるように、三角形の高さが低ければ低いほど、その両横に大きく開口(透き間)が残ってしまうことになる。これでは、湿気が海苔の中に入り込んでしまい、海苔とおにぎりを分離した目的が達せられない。しかし、逆に三角形の高さを高くすると、それが高ければ高いほど(それでも両横に開口が残るが)、中袋の蓋部は長くなって外袋との間に深く差し込まれてしまうか、もしくは外袋の蓋部と合体された状態で一緒にシールされてしまう虞れがある。それ故、いずれにしても、中袋を引き抜く際の引っ掛りとなり、スムーズな引き抜きが阻害される。このように、蓋部の形状を三角形にしたのでは、本件考案の目的を達することができない。そのため、原告らも、実際には、蓋部が三角形ではなく、台形のもの(検甲第一号証)を製造、販売している。右台形のもの(検甲第一号証)が本件考案の実施品でないことは別紙三「原告が称する実施品について」(以下、「別紙三」という。)に記載のとおりである。

(b) 一方、蓋部が台形の場合には、同第3図及び第4図にあるようにおにぎりを入れた袋部の開口上面をぴったりとふさぐことができるので、湿気防止の面でも引き抜きの面でも支障が生じることがない。なお、原告らは、イ号物件においては、袋本体内におにぎりを収納した状態で袋部の上端縁との間に残余部を残すべく、袋部より小形のおにぎりを収納していると主張しているが、イ号物件にどのような大きさのおにぎりを入れ、どのように袋をふさいでいるのかは、イ号物件を購入した者の行為であるから、侵害の有無には直接関係がない。イ号物件は、袋本体と中袋と海苔を組み合せた物であって、被告は、この物を製造しているのであるから、これと本件考案とを対比すべきである。

以上のように蓋部の形状の相違は作用効果に重大な相違をもたらす。この相違を設計上の微差にすぎないとは到底いえない。

原告らの均等の主張は、この点からも失当である。

(三) 蓋部の枚数

イ号物件の蓋部は一枚であるが、本件考案は二枚の蓋部を形成することを構成要件としている。このことはクレームに「蓋部2、2'を形成した」と記載されているほか、考案の詳細な説明欄にも「飯7を盛り込み蓋部2、2'を閉じてシール8にて蓋とじする」と記載されていること(本件公報第3欄第11行から第12行)や、技術的にみても、逆円すい形状の袋部の開口上面を一枚の三角形の蓋部でふさぐことは不可能であること等の点からみて明白である。逆円すい形状の袋部の開口上面をふさぐことは、両側に形成された三角形の蓋部を重ねるように閉じ合わせることによってはじめて可能となる。本件考案はこの構成を採用したものである。そして、これに反する、あるいはこれ以外の構成、形状を推考し得る記載ないし図示は本件考案の明細書のどこにもない。それ故、本件考案のクレームに「蓋部2、2'を形成した」とあるのは、逆円すい形状の袋部に三角形の二枚の蓋部を形成したことを要件としていることを明記したものと判断される。蓋部は二枚のものに限定されないとする原告らの主張は不当である。

(四) 袋本体(外袋)の素材

(1) イ号物件は、硬質性の合成樹脂であるポリプロピレンからなるものであり、本件考案の構成要件(1)にいう「軟質性の合成樹脂材」からなるものではない。

(2) 原告らは右構成要件にいう「軟質性の合成樹脂材」とは要するに、「被収納物(おにぎり)の形状に伴って形状を変えうる軟らかさの合成樹脂材」のことであると主張する。そして、原告らの右主張は、「プラスチック材料の、硬質、半硬質、軟質の分類については技術用語上も明確な区別はない」との原告ら独自の見解を前提とするものである。

しかしながら、技術用語としてのプラスチック(合成樹脂)の硬質、半硬質、軟質の分類については、本件考案の出願日(昭和五三年一一月二〇日)の相当以前から、既に、「一定条件で試験を行い、引張り弾性率または曲げ弾性率が一〇万Psi(七〇〇〇Kg/cm2)以上の材料を硬質プラスチックといい、弾性率(モジュラス)が一万Psi(七〇〇Kg/cm2)より小さい材料を軟質プラスチック、一〇万Psiと一万Psiとの間にあるプラスチックを半硬質と呼んでいる。」(乙第一号証・株式会社プラスチック・エージ昭和四五年六月二〇日第二版発行の「実用プラスチック用語辞典」)というように、明確に区別されていた(以下、右の区分を便宜「被告区分」という。)。そして、本件明細書のクレームに記載されている「軟質性の合成樹脂材」なる用語は技術用語であり、技術用語については、学術用語としてその有する普通の意味で、かつ明細書全体を通じ統一して使用されるのが原則である(実用新案法施行規則様式第3の備考7、8参照)。したがって、右「軟質性の合成樹脂材」なる用語も前記の分類(被告区分)に従って理解されなければならず、そうすると、右にいう「軟質性の合成樹脂材」とは「引張りまたは曲げ試験を行って測定された弾性率(モジュラス)が一万Psi(七〇〇Kg/cm2)より小さい合成樹脂材」を意味することになる。

しかるところ、イ号物件の袋本体は、右の被告区分上硬質性の合成樹脂に分類されるポリプロピレンの二層フイルムからなるものであるから、本件考案の構成要件(1)にいう「軟質性の合成樹脂材」とは異なる素材により構成されていることが明らかである。

2 イ号物件の技術的構成(2)は、本件考案の構成要件(2)を充足しない。

(一) 内袋(中袋)の形状

(1) イ号物件の中袋の形状は、偏形五角形であり偏形六角形の袋本体とは「同形」ではない。

(2) 原告らは、本件考案の構成要件(2)にいう「同形」とは厳密な意味での同一形状を意味するものではなく、略同一の形状を意味すると主張する。しかしながら、「同形」とは形状が同一であることを意味する用語であり、「同形」の意義は一義的に明白であって、厳密な意味と厳密でない意味との二義的な意味をもつ用語ではなく、「同形」と「略同形」とでは、全く意義が異なる。また、実用新案法二六条が準用する特許法七〇条によれば、考案の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないとされており、右請求の範囲の記載が一義的に明白である場合には、これにより技術的範囲が画されることは言うまでもないところであって、右記載が一義的に明白である場合に、強いて考案の詳細な説明もしくは図面を参酌して一義的に明白な記載の意義を変更することは許されない。しかるに、原告らの右主張は、本件明細書のクレームの記載が一義的に明白であるにもかかわらず、考案の詳細な説明の記載や右明細書に開示された図面から「同形」の意義を変更しようとするものであって、到底認められないものである。

(二) 内袋(中袋)の素材

(1) イ号物件の中袋は、前記被告区分によると半硬質性の合成樹脂に分類される中低圧ポリエチレンフイルムからなるものであり、被告区分上、硬質性の合成樹脂に分類されるポリプロピレンフイルムからなる袋本体とは明らかに異なる素材からなるものである。袋本体と「同素材」を用いたものではない。

(2) 原告らは、イ号物件の中袋も袋本体も、いずれも「軟質性の合成樹脂材」からなるもので、イ号物件の中袋は袋本体と「同素材」を用いたものであると主張する。しかしながら、同じ「軟質性の合成樹脂材」からなるというときの「軟質性」に関する理解が誤っていることは、前記本件考案の構成要件(1)に関し述べたとおりである。原告らの主張は、その前提において誤っているものであり、失当である。

(3) しかるところ、イ号物件の中袋は、前記のとおり、半硬質性の合成樹脂材からなるもので、硬質性の合成樹脂材からなる袋本体とは異なる素材からなるものであり、かつ、これらはいずれも、本件考案の構成である軟質性の合成樹脂材とは異なる素材により構成されているから、イ号物件の中袋が本件考案の構成要件(2)を充足することはありえない。

3 素材の相違によるイ号物件と本件考案との作用効果の違い

(一) 被告が、右のように、イ号物件の袋本体に硬質性の合成樹脂材(しかも無延伸ポリプロピレンを内側に、二軸延伸ポリプロピレンを外側にラミネートしている。)を用い、中袋に半硬質性の合成樹脂材を用いたのは、袋本体の素材にはパリパリした腰のある材料という特徴があり、一方、中袋の素材には硬質性の合成樹脂材にない柔らかさがあって滑り性に富んでいるため、袋本体の先端部から中袋を「引き抜く」ことが極めて円滑にでき、しかもこれにおにぎりを収納して販売のために店頭へ展示した場合、袋本体に腰があって形くずれがなく、手ざわりが良いので購買意欲を駆り立てるからである。

(二) 一方、本件考案が素材として「軟質性の合成樹脂材」を用いたのは、一般に「軟質性の合成樹脂材」には「ぐにゃぐにゃした腰のない材料という特徴」があることに着目し、そのような特徴を活かして海苔巻握飯製造具としたものである。

しかしながら、本件考案にかかるものは、袋本体と中袋のいずれにも「ぐにゃぐにゃした」腰のない軟質性の合成樹脂材を用いるため、袋本体の先端部から中袋を「引き抜く」ことが円滑にいかないことが多く、かつ、袋本体、中袋ともぐにゃぐにゃとへたってしまうので、これにおにぎりを収納して販売のために店頭へ展示した場合、手ざわり感がべたべたすることとあいまって購買意欲を減退させてしまうという欠点がある。また、軟質性の合成樹脂材は、一般に、スリップ剤を添加すると同剤が遊離し易く食品包装に不適であり、「ヒートシール強度」(ヒートシールした場合の強度)が極めて弱いものである。したがって、この軟質性の合成樹脂(フイルム)をもって、本件考案のような逆円すい形状の袋とした場合、フイルムの融合部(ヒートシール部)の強度が極めて弱く、おにぎりを収納したときにヒートシール部が剥がれてしまったり、引張るとヒートシール部がちぎれてしまったりするという問題が生じる。

(三) イ号物件は、右のような難点を克服したものであり、本件考案とは著しく技術思想を異にする。イ号物件は、本件実用新案の技術的範囲に属するものではない。

4 均等理論について

以上のように、イ号物件が本件考案の構成要件の全てを充足するものでないことは明らかである。そこで、原告らは、いわゆる「均等理論」を主張するが、均等理論は、第三者に対する客観的な実用新案権の排他的範囲の公示としての「登録請求範囲」のもつ法的意義を否定することになるから、認められるべきではない。

仮に、一歩譲って均等理論を認めるとしても、「技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」こと(実用新案法二六条、特許法七〇条)を考えれば、均等理論の適用要件は厳格に吟味されなければならないし、考案者もしくは出願人が意識的に構成に限定を加えたり、ある構成を除外したりした場合に、右限定事項や除外事項について均等理論を適用することは許されない。しかるところ、本件考案は、前記のとおり、蓋部の形状を意識的に「三角形状」(三角形)に限定しているうえ、蓋部が台形である場合と三角形である場合とではその作用効果の点において決定的な違いがあるのであるから、蓋部について検討しただけでも、本件に均等理論を適用する余地がないことは明らかである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(一)、(二)(原告らの権利)については、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(一)、(二)(本件考案の構成要件と作用効果)のうち、同(一)(構成要件)については当事者間に争いがなく、同(二)(作用効果)については、成立に争いのない甲第二号証(本件考案の実用新案公報。以下、「本件公報」という。)と弁論の全趣旨により、原告ら主張のとおりのものであると認められるというのが相当である。

三  請求原因3(被告の製造、販売行為)の事実のうち、被告が少なくとも昭和六〇年六月一日から昭和六三年五月三一日までの間、イ号物件(但し、その特定については後記四の判示参照)を、業として製造、販売していたことについては、当事者間に争いがない。しかし、被告がその後もイ号物件を業として製造、販売していたことないし今後これを製造、販売するおそれがあること及び被告がなおイ号物件を所有していることについては、これを認めるに足りる証拠はない。

従って、原告らの本訴請求のうちイ号物件の製造、販売等の差止及びイ号物件の廃棄を求める部分は、この点において既に理由がないから、以下においては、損害賠償請求について判断をすすめることとする。

四  請求原因4(一)、(二)(イ号物件の技術的構成と作用効果)のうち、イ号物件の形状が別紙一の添付図面(イ号図面)記載のようなものであることについては、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、その技術的構成は、右形状等を参酌すると、ひとまず次のとおり分説できるものであると認めるのが相当である。なお、作用効果については、後記五の判示参照。

(1)  先端に切除部3aを具備する逆台形の袋部4aの上縁の一辺に台形の蓋部2aを形成し、無延伸ポリプロピレン(CPP)を内側に、二軸延伸ポリプロピレン(OPP)を外側にラミネートした合成樹脂フイルムからなる偏形六角形の袋本体1aと、

(2)  前記袋本体1aの内側に沿う大きさの三角形の袋部の上縁の一辺に台形の蓋部を形成した中低圧ポリエチレンの合成樹脂フイルムからなる偏形五角形の中袋5aとを有し、

(3)  この中袋5aの外周面に海苔6aを巻装して袋本体1aの袋部4aを挿入し、かつ中袋5aを袋本体1aの切除部3aから引き抜けるようにした包装兼備の海苔巻握飯製造具。

五  そこで、次に、請求原因5(イ号物件と本件考案との対比)について検討する。

1  イ号物件の技術的構成(1)と本件考案の構成要件(1)の対比

(一)  袋本体の形状について

(1) 本件考案の構成要件(1)にいう「逆円すい形状」の袋本体とは、袋部におにぎりを収容したときに、袋部が、概略、逆円すい形状になりうる袋本体のことであると解するのが相当である。すなわち、円すいとは、もともと、「円周上のすべての点を、この円の平面外の1定点に結びつけるとき、それらの線分の作る面と、この点との囲む立体」のことであるから(平凡社発行「世界大百科事典」一九七四年版四巻九三頁)、本件考案の構成要件(1)にいう「逆円すい形状」も、特段の説明がない以上、立体形状をいうものと解される。しかるところ、後に判示するように、本件考案にいう袋本体は、袋部に飯ないしおにぎりを収納するものであるが、軟質性の合成樹脂材からなるものであり、それ自体で一定の立体形状を保っているものではないと考えられる。そして、このことや、袋部に設けられた蓋部は、その性質上、当然開閉が予定されているものであり、本件考案のような蓋部を袋部に一体的に設けた袋本体において、蓋部の開閉いかんにかかわらず袋本体の形状が同一であるということは、通常、考えられないことであること、以上のような点を考慮すると、右にいう「逆円すい形状」というのは、袋部に被収納物を収納したときに、袋部が逆円すい形状になりうるものをいうと解するのが相当である。

そして、右にいう「逆円すい形状」とは必ずしも厳密な意味での逆円すい形に限られるものではないと解される。何故なら、一般に「底面に平行な平面で円錐を切るとき、この平面と底面との間の円錐の部分を円錐台という。」(前記百科事典前同所)ことからすると、右のような円すいの頂点を切除したような形状のものを円すい形状ということは十分可能であり、また、本件考案は、おにぎりの製造に関するものであって、その目的からみても、これを厳密な意味での逆円すい形でなければならないと解すべき理由は認められないからである。

以上のことは、原告らが指摘する本件考案の実施例によっても裏付けられる。これを本件公報によってみると、そこにはおにぎりを収納した状態では逆円すい形状といえるが、これを収納しない状態で正面視すれば偏形五角形というべき袋本体が図示されていることが明らかである。

(2) しかるところ、イ号物件が、おにぎりを収納した状態で逆円すい形状になりうるものであることは、その袋部が略三角形のものであることから、明らかである。イ号物件の袋本体の形状は、右構成要件(1)にいう「逆円すい形状」に該当するというのが相当である。

(二)  蓋部の形状について

(1) 本件公報によって、本件考案の技術的課題をみても、本件考案の構成要件(1)にいう「三角形状」の意味を厳密な意味の三角形に限ると解さなければならない必然的な理由は認め難い。その点は、原告らが主張するとおりである。蓋部の形状を「三角形状」としたことの意味を問うとすれば、それは、本件考案の袋部が「逆円すい形状」のもので、円すいの頂点に向かって先細になる形状のものであることからすると、蓋部も先細りのテーパー状にして、蓋部で開口部を閉塞した場合に蓋部の幅の方が逆円すい形状の袋部の幅より大きくなり、不必要なはみ出し部分が残るというようなことがないようにしたものであると考えられる。こうした点からすると、厳格な意味の三角形でなくとも、右にいうような意味の先細り形状で三角形に類するといえるものは、上記「三角形状」の中に含まれると解するのが相当である。原告らが指摘するように前記構成要件の文言上、三角形ではなく「三角形状」とされていることも、右のような理解を助けるものであるということができる。

(2) しかるところ、イ号物件の蓋部の形状が、右のような意味の「三角形状」に含まれるものであることは、前記イ号物件の形状それ自体から明らかである。

(3) 被告は、クレームにおいて蓋部の形状を特定したということは、蓋部の形状を意識的に「三角形状」、すなわち厳密な意味の三角形に限定したことを意味する、しかるところ、イ号物件の蓋部の形状は、台形であって右にいう「三角形状」とは明らかに形状を異にする旨主張する。

しかしながら、クレームにおいて形状を特定したということだけから、当然に意識的限定であるということはできない。そして、右にいう「三角形状」の意味を厳密な意味の三角形に限ると解さなければならない理由のないことは、前示(1)のとおりである。

(4) 右のことは、本件考案においては、蓋部が三角形であるか台形であるかによって格別の作用効果の相違が生じないことからも裏付けられる。すなわち、

(イ) 被告は、本件考案のように蓋部の形状を三角形にしたのでは、袋部の開口上面を十分閉塞することができずおにぎりの湿気が海苔の中に入り込んでしまうし、袋本体(外袋)と同形に成形される中袋の蓋部の形状が三角形であると中袋のスムーズな引き抜きが阻害されるが、蓋部の形状が台形であれば、そのような問題は生じず、蓋部の形状が三角形であるか台形であるかによって、その作用効果が著しく異なる旨主張する。

(ロ) しかしながら、開口上面の閉塞能力についてみても、蓋部の形状が三角形であるか台形であるかということだけで、被告主張のような差異が生じるものとは考え難い。このことは、ある三角形とそれと全く同形の三角形の先端を切除して台形とした場合のことを考えれば、容易に理解できることであるということができる。また、蓋部の形状が三角形であるからといって、当然に開口上面を十分に閉塞することができないというものではないと考えられる。それは、原告らも主張するような、被収納物の容量との相対関係によるということができ、蓋部が三角形であっても、開口上面を十分に閉塞することが可能であることは、本件公報に示されている実施例図からも容易に推認できる。

(ハ) 次に、中袋の引き抜きの点についても蓋部の形状が三角形であるからといって、当然に被告主張のような問題が生じ、本件考案の目的を達せられなくなるというものではないと考えられる。被告指摘の問題点は、その内容からみると、本件考案を実際に実施するにあたって十分考慮されるべき問題であることは明らかであるが、蓋部の形状を三角形にすると、当然に本件考案が予定した作用効果を奏しえなくなることまでを明らかにしているとはいえない。被告指摘の問題点に関していえば、蓋部の形状を台形にした方が三角形である場合に比べて閉塞能力や引き抜き操作の点で優れた点があるとしても、それは、実施上の効果の相違にすぎないというべきであり、これをもって本件考案の作用効果とイ号物件のそれとが異なるとまではいえない。

(三)  蓋部の数について

本件考案のクレームに「蓋部2、2'を形成し」との記載があることは明らかである。しかし、本件公報によって、本件考案の「実用新案登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」欄の記載をみても、本件考案が二つの蓋部を必須の要件としたものと解すべき理由は認められない。むしろ、本件公報によれば、右「2、2'」の記載は、本件考案の実施例図(第1図・説明概要図)に付された符号をそのまま用いたものであり、それは「実用新案登録請求の範囲」の記載内容を理解し易くするためのものであると解することができる(実用新案法施行規則様式第3の備考12ロ参照)。

被告は本件考案においては、蓋部を二枚形成しなければ袋部の開口上面を閉塞できないというが、被告の指摘するところは、本件考案の一実施例ないし特定の使用例に関していえることであっても、本件考案が二枚の蓋部を必須の要件としていると解する理由としては十分なものではない。

(四)  袋本体(外袋)の素材について

(1) 原告らは、本件考案の構成要件(1)にいう「軟質性の合成樹脂材」とは、本件考案がその解決目的とした技術的課題と作用効果からすると、要するに「被収納物(おにぎり)を収納したときには、被収納物(おにぎり)の形状に沿って、また、被収納物(おにぎり)を押し出し飯食する時には、これに伴って柔軟にその形状を変えうる柔らかさの合成樹脂材」ということであると主張する。

(2) しかるところ、本件公報によれば、本件考案は、「先端に切除部3を具備すると共に、袋部4に三角形状の蓋部2、2'を形成した軟質性の合成樹脂材から成る逆円すい形状の袋本体1を設け、該袋本体1と同素材を用いた同形の中袋5を設けると共に、この中袋5の外周面に海苔6を巻装して袋本体1の袋部2に挿入し、更に中袋5の中に飯7を盛り込み蓋部2(但し、「2」は「4」の誤記と認める。)をシールし、飯食事に袋本体1の切除部3から中袋5を引き抜くことによって、シールしたままで飯7に新鮮で乾燥した海苔6が自動的に巻かれて、食べたい時にいつでも握りたての海苔巻おにぎりが提供できる包装兼備の海苔巻握飯製造具を目的とするものである。」(本件公報第2欄第17行ないし第29行)こと、そして、その実施例をみると、その袋本体には「ビニールなどの薄い軟質性の合成樹脂材を用い、」(本件公報第2欄第33行ないし第35行)、「海苔6を巻いた中袋5を袋本体1の袋部4の中に挿入し、次に中袋5の口を開いて第2図に示すように飯7を盛り込み蓋部2、2'を閉じてシール8にて蓋とじする。」(同第3欄第8行ないし第12行)もので、食べるときには、「シール8を剥がしてロに示すように袋本件1の蓋部2、2'を外側に捲くりながら徐々に押し出してソフトクリームを食べるように上の方から食べて行けばよい。」(同第4欄第3行ないし第6行)ものであることが認められる。

(3) これによると、本件考案は、そもそもおにぎりを内包した中袋の外周面に海苔を巻装して逆円すい形状の袋本体に挿入し、かつ中袋を袋本体の切除部から引き抜けるようにしたものであるから、少なくとも、その中袋の素材は、本件考案の構成上、当然に柔軟で簡単に変形する非保形性のものであると考えられる。しかるところ、クレームにもあるとおり袋本体も中袋と同素材のものであるから、袋本体の素材も、それ自体で一定の立体形状を保つような硬いものではなく、柔軟で簡単に変形する非保形性のものであるということができる。そして、このことは、本件考案の実施例をみると、右(2)のように「袋本体はビニールなどの薄い軟質性の合成樹脂材を用い、」と明記されているほか、「袋本体の蓋部を閉じてシールで蓋とじする。」とか「蓋部を外側に捲くりながら徐々に押し出してソフトクリームを食べるように上の方から食べて行けばよい。」とされていることからも明らかなように、袋本体の素材としては、当然、右蓋部の開閉やおにぎりの押し出しに対応できる柔軟で変形性のある合成樹脂材が予定されていると認められることによっても、十分に裏付けられる。原告らの前記主張は正当というべきである。

(4) 被告は、本件考案のクレームに記載されている「軟質性の合成樹脂材」なる用語は技術用語であり、技術用語については、学術用語としてその有する普通の意味で、かつ明細書全体を通じ統一して使用されるのが原則である(実用新案法施行規則様式第3の備考7、8参照)と主張する。しかるところ、原告らもそのこと自体は争っておらず、被告の右主張は正当である。しかしながら、本件考案の出願当時、既に合成樹脂材の硬軟を被告主張のような基準によって分類することが学術上確立していたこと、すなわち合成樹脂材について「硬質性」ないし「軟質性」というときのそれらの言葉の学術用語としての意味、内容が確定していたことを認めるに足る証拠はない。もっとも、《証拠省略》によれば、株式会社プラスチック・エージが昭和四五年六月二〇日に発行した「実用プラスチック用語辞典」(第二版)においては、合成樹脂材の硬質性、軟質性について被告主張の基準による分類がなされていることが明らかである。しかし、他方、《証拠省略》によれば、日刊工業新聞社が昭和五六年一二月二五日に初版第一刷を発行した「図解プラスチック用語辞典」においては、原告ら主張のとおり「硬質、半硬質及び軟質はプラスチック材料の硬さによる一つの分類用語であるが、概念的な言葉であって、定量的な定義のしにくい用語である。」とされていることも明らかである。そして、合成樹脂材の硬軟に関して本件で提出されたその他の資料すなわち《証拠省略》を検討しても、合成樹脂材に関する「軟質性」、「硬質性」及び「半硬質性」の各用語の学術用語ないし技術用語としての意味、内容が、本件考案の出願当時、既に被告主張のようなものとして確定していたとは認められず、他にこれを認めるに足る証拠はない。従って、これを前提とする被告の主張は、たやすく採用できない。そして、《証拠省略》によれば、原告らが主張するように被告自身も、昭和五五年五月一九日に「おにぎり」に関する実用新案の登録出願をした当時は、合成樹脂材の硬質、軟質を保形性の有無によって区別されるものと認識していたのでないかと考えられること等を参酌して、本件考案に関する前示(2)の記載(本件考案の目的等)に照らすと、本件考案の構成要件(1)にいう「軟質性の合成樹脂材」とは、前示のとおりのものであると認めるのが相当である。

(5) しかるところ、イ号物件の袋本体(外袋)が右にいう「軟質性の合成樹脂材」に該当するものであることは、それが前示のような合成樹脂フイルムであることや、前記甲第三号証(被告製品のカタログ)及び同検甲第二号証(イ号物件としての被告製品)により明らかである。

(五)  以上によれば、イ号物件の技術的構成(1)は、本件考案の構成要件(1)を充足すると認めるのが相当である。これに反する乙第三号証(被告提出の鑑定書)は、その成立を認めるとしても、採用できず、他に右認定、判断を左右するに足る証拠はない。

2  イ号物件の技術的構成(2)と本件考案の構成要件(2)の対比

(一)  中袋の形状について

(1) 本件公報の記載に照らすと、本件考案の構成要件(2)において「……袋本体……と……同形の中袋……」というときの「同形」とは、原告らが主張するとおり「略同一」ということであると認めるのが相当である。何故なら、本件公報によれば、本件考案の「詳細な説明欄」には、原告ら主張のような記載があること、すなわち、本件考案においては袋本体の先端に切除部が存在するため、この点で袋本体は切除部のない中袋とは明らかに形状が異なるにもかかわらず、これを「同形」と記載していること(本件公報の第2欄末行ないし第3欄第3行、第1図ないし第3図。)等からすれば、右にいう「同形」とは「大略的に見て同形であること」を意味すると解することは十分に可能であり、技術的観点からみても、これを厳密な意味での「同形」と解さなければならない理由は認められないからである。このことは、右の公報自体から明らかなことであるから、右のように解釈したとしても、これをみて本件考案の技術的範囲を考える第三者の利益を害することにはならない。

(2) しかるところ、イ号物件の中袋の形状が切除部の有無の点を除き袋本体のそれと同形のものであることは明らかであるから、イ号物件の中袋は、右のような意味で袋本体と「同形」であるといえる。

(二)  中袋の素材について

(1) 本件考案の構成要件(2)において「袋本体……と同素材を用いた……中袋」というときの「同素材」とは、袋本体が前示のような意味での「軟質性の合成樹脂材」からなるものであることからすれば、中袋の素材もこれと同じ「軟質性の合成樹脂材」であることを意味し、両袋の素材が化学物質としても同一であることまでが要求されるものではないと解するのが相当である。何故なら、前記1の(四)(2)に判示した本件考案の目的からみると、それ以上に厳格な意味で素材の同一性を求める理由は認め難く、むしろ、そのように解する方が、本件考案の詳細な説明中には両袋の素材が化学物質としても同一でなければならないことを窺わせる記載がなく(本件公報参照)、そこでは、「軟質性の合成樹脂から成る……袋本体1を設け、該袋本体1と同素材を用いた……中袋5を設ける」(本件公報第2欄第19行ないし第21行)とか「袋本体1はビニールなどの薄い軟質性の合成樹脂材を用い、……5は袋本体1と同素材を用い」(同欄第33行ないし第37行)と記載されているにとどまっていることにも整合すると考えられるからである。

(2) しかるところ、イ号物件の中袋が右にいう「軟質性の合成樹脂材」からなるものであることは、それが前示のような合成樹脂フイルムからなるものであることや前記甲第三号証及び同検甲第二号証によって明らかである。従って、イ号物件の中袋は袋本体と同素材を用いたものであるといえる。

(3) ちなみに、被告は、イ号物件の袋本体(外袋)と中袋(内袋)とでは、その合成樹脂材の材質を異にする(前者は、無延伸ポリプロピレンを内側に、二軸延伸ポリプロピレンを外側にラミネートしたフイルム、後者は、中低圧ポリエチレンのフイルムである)から、イ号物件には、両袋に軟質性の「同素材」を用いた本件考案にはない、袋本体からの中袋の引き抜きが円滑であり、おにぎりを収納した場合の袋本体の保形性及び手触り感が良く、かつフイルムの融合部(ヒートシール部)の強度が強いとの作用効果があり、イ号物件は、本件考案とは技術的思想を異にすると主張する。

しかしながら、本件考案の構成要件(2)に関していえば、イ号物件の袋本体も中袋も「同素材」からなると認めるべきことは前示のとおりであり、被告が主張する右の作用効果は、本件考案の作用効果を前提としたうえでのものであると考えられる。そのことは、被告の右主張自体から容易に窺えるところであり、イ号物件に右のような作用効果があるとしても、そのことの故にイ号物件は本件考案と技術思想を異にするとまではいえない。

(三)  以上によれば、イ号物件の技術的構成(2)は、本件考案の構成要件(2)を充足すると認めるのが相当である。これに反する前記乙第三号証(被告提出の鑑定書)は、その成立を認めるとしても、採用できず、他に右認定、判断を左右するに足る証拠はない。

3  イ号物件の技術的構成(3)と本件考案の構成要件(3)の対比

イ号物件の技術的構成(3)が本件考案の構成要件(3)を充足することは明らかである(このことは、当事者間に争いがない。)。

4  以上のとおり、イ号物件の技術的構成(1)ないし(3)は、本件考案の構成要件(1)ないし(3)をそれぞれ充足するというべきである。そして、イ号物件は、右のとおり本件考案の構成要件を全て充足することにより、本件考案と同一の作用効果を奏するものと認めるのが相当である。

5  よって、イ号物件は、本件考案の技術的範囲に属するといえる。

六  そこで、次に請求原因6(被告の不法行為と原告の損害)について検討する。

1  以上によれば、被告が業としてイ号物件を製造、販売することは、原告らの本件実用新案権を侵害することになるというべきところ、被告には右侵害行為について過失があったものと推定される。したがって、被告は、右侵害行為によって原告らがこうむった損害を賠償する義務がある。

2  しかるところ、被告のイ号物件の製造、販売開始時期については当事者間に争いがあるものの、被告が、原告らの本訴損害賠償請求の対象期間の終期である昭和六三年五月三一日までの間に、総計二五五万三二〇〇枚、売上総額金四四五三万二二四〇円相当のイ号物件を製造、販売したことは、当事者間に争いがない。

3  そして、原告らは、これに関しいわゆる実施料相当額の損害を請求し、その実施料率は右販売価格の一〇パーセントを下らない旨主張するので、以下、この点について検討する。

しかるところ、《証拠省略》によれば、本件実用新案権については、昭和五八年九月二八日、訴外株式会社志のぶ寿司(以下、「訴外志のぶ寿司」という。)のために範囲を地域については「大阪府、京都府、兵庫県、奈良県、滋賀県、三重県、和歌山県、愛知県、岐阜県」、期間については「(本件)実用新案権の存続期間中」とする専用実施権が設定登録されているが、同日以降、その対価は本件考案の実施品「一個に付五〇銭」であること及び原告株式会社ダイケイが製造、販売する本件考案の実施品の昭和六〇年三月九日当時の末端価格(末端ユーザーへの販売価格)は一枚(袋本体と中袋を各一枚組合わせたもの)五円五銭であったことが認められる。右事実や右実施品の商品価値の大半は、それが本件考案の実施品であり前示のような作用効果を奏するものであることの故に生じるものであると考えられること及び弁論の全趣旨によれば、原告らが主張する一〇パーセントの実施料率もあながち不当なものではないと認めるのが相当である。ちなみに、《証拠省略》によれば、訴外志のぶ寿司は、自ら本件考案の実施品を製造するのではなく、もっぱらその実施品を原告らからないしはその許諾を得たものから購入し、これを使用したおにぎりを販売しているにすぎないものと推認することができる。そうすると、訴外志のぶ寿司の専用実施権は販売に関するものであり、前記地域的制限の点は別にしても、原告らは、なお、本件考案の製造に関する実施権を留保しているといえるから、右専用実施権設定の事実は、原告らが実用新案法二九条二項により実施料相当損害金の請求をする妨げになるものではないと思量される。

4  以上によれば、イ号物件の製造、販売に伴う実施料相当損害金は、前記売上総額金四四五三万二二四〇円に一〇パーセントを乗じて得られる金四四五万三二二四円となるから、原告らは、各自、被告に対し、右実施料相当損害金を原告らの本件実用新案権の共有持分(各三分の一)の割合によって按分した額(金一四八万四四〇八円)を、自己の損害額として請求できることとなる。

七  以上のとおりとすると、原告らの本訴請求中、差止め及び廃棄請求の部分は前記のとおり理由がないが、各自不法行為に基づく損害金一四八万四四〇八円及びこれに対する不法行為の後である平成元年四月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、右理由のある限度でこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については、被告は昭和六三年五月をもってイ号物件の製造、販売を止めたが、それは本件記録上明らかなように原告らが本件訴訟を提起してから一年以上経過した後のことであり、右事実は、被告に訴訟費用全部を負担させる事情に該当すると考えられるので、民訴法八九条、九二条但書を適用し、仮執行の宣言については同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野茂 裁判官 長井浩一 森崎英二)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例